FC2ブログ

司馬遼太郎記念館を訪ねて

ある日、思い切って司馬遼太郎記念館を訪ねた。

5年以上前から一度訪ねて見たいとの思いがあったがやっと思い切って出かけた。
場所は大阪市内から奈良方面に当たる東大阪市というところで尼崎から本当に近場だったのだが
中々この様な場所には踏ん切りを付けないと行けなかったものである。

訪問すると個人の住宅を改築した程度の規模のものを想像していたのだがとんでもなくそれは
立派な記念館となっていました。
一枚の写真は作家活動の執筆を行なっていたという書斎を庭の方から撮影をしたのですが
それから先の記念館内部は写真撮影禁止ということで撮影は行なえずもう一枚の写真は入館時
のパンフレットコピーを添付したものである。

作家というものに強い興味を抱くのは、一人の人間がどうしてここまでの内容のものを書くことが
出来るかという点で常に疑問をもっているのだが、中に入りそれがうなずけたような気がする。

終戦を迎え22歳で帰国をして、その時の日本国内の敗戦状況を見て「なぜこの日本がかくも
情けない国に成り果てたのか?この近代の愚かさはなぜか?」この思いに強く駆られ、それから
新聞記者という仕事をしながら15年を経て一作目の「梟の城」を発表しそれから順次 皆さんよ
くご存知の歴史小説へ入っていったとのことです。

書斎- 書斎風景 -蔵書-館内に高く積まれた蔵書―

館内を見て先ず感動したことは先ず調査資料の膨大なる多さに驚かされたことと、この資料館の
維持に多くのボランティアの方々が館内でサポートをしていたことです。
資料と言っても装丁の立派な分厚い本でありそれらが大変多岐に渡っており、国内に関して言えば戦時中の後方支援の兵站物資輸送に関する資料であったり、街道筋の宿場の租税に関することであったり、宗教の資料であったり、また中央アジアの資料であったり、ヨーロッパの資料であったりでそれは本当に膨大なる冊数に及んでおり、一人の主人公のあるいはその時代の歴史を描くためには如何に多くの膨大な資料を基に書かれているかがいくらかうかがい知ることが出来て夢々作家になろうとは思わないほうが賢明であること悟ったような気がします。

一例として坂本竜馬の執筆に当たっては東京神田の本屋街から坂本竜馬に関する書籍がすべて無くなり、トラック2台で運んだとの話を聞いた時には作家と言うのはなんて根気と努力が必要な仕事だろうと感嘆したものです。

NHKで昨年末に放送された「坂の上の雲」、宗教家より宗教的な「空海の風景」など歴史小説に始まり本当に幅広い作品を、22歳で疑問に感じたものに対する答えを求めて、それから生涯その自分自身(22歳の青年)に対する答えを探し求めて応えるべく執筆活動を行ないその生涯を終えたとのことですが、そこはひょっとして多くの人に当てはまるのではと思ったりもしてまた多いに感動を覚えたものです。
                              

-以上-
                                
本社 K




サンテックのホームページ >> http://www.sun-tec.net/



ブログランキングに参加中です。クリック宜しくお願いします。

にほんブログ村 企業ブログへ
Google 翻訳
Google 翻訳
プロフィール

株式会社サンテック

Author:株式会社サンテック
【本社】
兵庫県尼崎市猪名寺2-8-30
TEL:06-6494-3260
Mail:st-inquiry@sun-tec.net
http://www.sun-tec.net/

カレンダー
カレンダー
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク